自説ですが、阿弥陀経は浄土三部経のなかで最古層の成立と思われます。その根拠のひとつが今読んでいる箇所で、「善根功徳を積んでいない善男子善女人が往生できること」、また「臨終の時に阿弥陀仏がわざわざ来てくださる、しかも聖衆たちをともなって」。このあまりにも強烈な救いの平等性は「順当な修行の結果、それ相応のところに行ける」というような常識的な感覚を逸脱しており、そのアンバランスを補うために、阿弥陀経後半の六方段が配置されたと考えます。 この極端さは、実は無量寿経、さらに成立の遅い観無量寿経になるとだんだん追加説明され、ある意味常識的な段階説になっていきます。最初がいちばんとんがっている、ということです。 Rss Apple Podcaster →