本日のテーマ:「決死の密出国!砂漠を越えた玄奘の一歩も東には戻らない覚悟」西遊記のモデル・玄奘の生涯に迫る第3回。今回はついに天竺への旅が始まります。朝廷からの許可が下りず、仲間も諦める中、玄奘は単身での密出国を決意。水を失った砂漠での極限状態と、彼の揺るぎない覚悟に迫ります!👇今回の見出し👇少年期のおさらい/インドで原典を取る/627年・玄奘26歳/唐の太宗/民間人の越境禁止/連名での請願/朝廷の完全スルー/諦める仲間たち/単身での密出国決意/捕まれば死罪/長安を出発/商人の荷物に紛れる/仏教に好意的な役人/夜中の関所越え/唐の支配外の砂漠へ/水袋の喪失/一歩も東には戻らない/水なしで歩く4日間/幻覚との戦い/馬が見つけた水場👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇①朝廷の無視と単独での密出国決意唐の建国直後の混乱期、民間人の越境は原則禁止されていました。玄奘は天竺への渡航許可を朝廷に求めますが完全に無視されてしまいます。仲間たちが諦める中、玄奘は死罪のリスクを背負って単身で国境を越える密出国を決断しました。②決死の逃避行と砂漠への入り口商人の荷物に紛れたり、仏教に好意的な役人に匿われたりしながら西へ進んだ玄奘。見つかりそうになりながらも夜中に単独で関所を越え、ついに唐の支配が及ばない危険な砂漠地帯へと足を踏み入れます。③水の喪失と「一歩も東には戻らない」覚悟砂漠に入って早々、玄奘は命綱である水袋を落としてしまいます。引き返せば生き延びられたかもしれませんが、彼は「一歩も東には戻らない」と西へ進み続けました。5日目に馬が水場を見つけるまで、幻覚を見ながら生死の境を彷徨いました。■ 関連年表626年: 唐の第2代皇帝・太宗が即位する(時代背景)627年: 玄奘(26歳)、朝廷への渡航請願が無視される627年秋: 長安を密かに抜け出し、単身で天竺へ向けて密出国する🙏番組へのご協力のお願い少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせチャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。【サポーター特典】・サポーター限定配信・活動進捗の共有配信・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)▼下記からサポーター登録いただけます!https://www.patreon.com/c/ijinden/posts▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちらhttps://kikinagashi-ijinden.web.app/更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)※内容は諸説あります Rss Apple Podcaster →