ハタケマメヒコについて語っています。東京と北海道のふたつを行き来してると、両方の長所と短所が見えてきます。できれば、長所と長所を組み合わせられたらなあと思って始めましたけど、なかなか難しかった印象です。そもそも。農家ではないボクらが、ハタケを借りて作物を作るということが、そもそも法の内側では不可能なのです。詳しいことは割愛しますが、法の内側では不可能なので、法の外側で模索するしかありません。ひょんなことから、「いいよ」とたまたま言ってくれた、奇特な方にすべてボクらは乗っかるほかないのです。その中でやれることをやる、ということしかできないのです。困ったことはいくらでもありますが、一番困ったのは、コミュニケーションです。東京で仕事をするということは、たくさんのヒトが働けるよう、引き継ぎのコミュニケーションが、いわば仕事です。ところが北海道でハタケマメヒコをやっているときは、そんなものは通用しません。もうここでしか使えないコツ、いわば属人的なことが多すぎて、まったく時間的、合理的に作業を進められないのです。ボクが作った「ハタケマメヒコ コツ全集」はノート10冊ほどあります。古いトラクターを動かすにしても、謎のコツがありすぎる。たとえば。「ここのレバーをギューッと引いてよ、エイッと放すとよ、ブーンとかかっから。したらさ、グーっとこいつ踏んで、うしろ見てみれ、あれがこっちに回るから、したらゆっくりギア戻して、ハタケを2速で走れ。自動で堆肥まかさるから。わかるしょ?」「ええ。・・・はい?」と、一事が万事、「わかるしょ?」「いやわかりません」という感じなのです。農業委員会に挨拶に行ってこいや。あっ、やっぱあんなとこ行く必要ないわ。資材はホーマックより農協のほうが安いからさ。あっ、農協はあんたらじゃ買えないよ。まったく何が正解なのかわからないのです。いつもボクはハタケにいると憂鬱で、ずっと、????????とモヤモヤのなかにいました。なぜハタケマメヒコなんかをボクは言い出してしまったんだろう。なぜやり始め、なぜ継続しているのだろう。属人的なことが多いということは事業化や合理化はまず無理なのです。ハタケマメヒコとはこういうものだったのです。行政を活用するなり、投資資金を積むなり、ほかにやり方はいくらでもあろうことは、もちろん知っています。ただ。こういうボクらのように、東京のカフェとハタケを、実際に行ったり来たりしている人間たちの目から見えてくるなにか。それを汲み取って、次に続けたいと思って始めたのだから仕方ないのです。ただひとつ。ハタケマメヒコは、東京のマメヒコのお客さんを遠足という形で巻き込んでいく。そうやってできた小さいけれど強い人間関係は、その後のボクが進む道を大きく決定したのでした。

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